「今バスに乗りました」
「じゃぁバス停に車を回します。そこで待ってますね」
ランランさんにすぐにメールを返し、思わず微笑みながら鉄さんを見た。「ついに来ましたよ。連れてきますからね」
「すいません」
申し訳なさそうな顔をした鉄さんに首を振り、私は玄関に向かった。
バス停は中央分離帯を挟んだ反対車線にある。
車を駅方向にいったん進め、Uターンしてバス停の先の左車線に停めて待つことにした。
ほどなくして到着したバスからは、ランランさんとデンバーさんが一緒に降りてきた。
助手席の窓を開けるとランランさんが言った。「サツキさんが次のバスに乗ったみたいです」
そこで、もうしばらく待つことにする。
5分もせずに次のバスが到着し、バス停で待っていた二人は、降りて来たサツキさんとともに私の車に乗り込んできた。
助手席に座ったランランさんが口を開く。「鉄さんの様子はどうでした?」
「かなり弱ってる感じです。痛みも強かったようで、さっき痛み止めを飲んでました」
「そうですか・・・・・」
すぐに公園の駐車場に着いた。
「この川を渡ったとこです」
車を降りた三人にそういって、私は鉄さんのマンションまで先導する。
少し背の高いサツキさん。ちょっと痩せ気味のデンバーさん。少々ふくよかなランランさん。
体型的に三人でちょうどいいバランスだな。どうでもいいことだけど、振り返ってふとそう思った。女性だから年齢は詳しくは知らないが、たぶん、みんな私と同世代くらいだろう。
階段を上がり、玄関を開けると、元気いっぱいのハスキーボイスでランランさんが挨拶する。「お邪魔しまぁす。ランランです」
「こんにちは」サツキさんの声は低い。
「初めまして」デンバーさんは逆に高い。
声質もバラバラな三人。やはり、いいトリオだ。
「わざわざお越しいただいてありがとうございます。どうぞ」
奥さんがリビングへ案内する。
「鉄さ~ん、来ましたよぉ」
ランランさんは早速鉄さんの手を握り、目を閉じた。
「ありがとうございます」
弱々しく答えた鉄さんの目は早くも潤んでいた。
「少しエネルギーを流しますね」
いきなりヒーリングに入ったランランさんだったが、しばらくして目を開けた。
「あとでまたちゃんとやりますけど、どうですか?」
「少し楽になりました。ありがとうございます。では、まず食事をしましょう。なっちゃん」
鉄さんが奥さんに声をかける。
「はーい」奥さんはお盆に湯飲みを乗せて持ってきた。「とりあえずお茶をどうぞ」
「奥さん、なっちゃんっていうの? またべっぴんさんねぇ」
ランランさんの言葉に、はにかんだ笑顔を見せた奥さんは台所に戻った。
「妻は人見知りなんですよ」鉄さんも微笑んだ。「結婚した頃からずっと『てっちゃん』『なっちゃん』と呼び合ってるんですよ。ちなみに、哲雄と夏子なんですけど」
「じゃぁ、あたしもそう呼ばせてもらおうかな」
ランランさんの無邪気な笑顔に鉄さんもニッコリとうなずいた。「いいですよ」
それからすぐにいろんな料理がテーブルに並んだ。
「妻はあまり料理は得意じゃないんで、ウチの母がほとんど作ったものですけど、どうぞ召し上がってください」
「いただきます」
料理はとても美味しかったが、鉄さんはあまり食べなかった。食欲もないのだろう。
食後にみんなで話をしながらお茶を飲んでいたが、しばらくすると、隣の部屋へ全員で移動した。ヒーリングの時間だ。
鉄さんはゆっくりしか動けない。私が肩を貸して少しずつ歩き、なんとか布団に横になった。
ランランさんの指示で奥さんも含めて立ったまま布団の周りを取り囲んだ。
「目をつぶって呼吸だけに集中してください」
それをしばらく続けたあと、二つほどエネルギーワーク行った。
「では最後にエネルギーを回します。みんな手を繋いで。左から右です」
言われたとおりにエネルギーを回すイメージをすると、手がピリピリしてくる。
「いいですよぉ。なっちゃんもちゃんとできてます。才能あるかも。では手を離して。皆さんはそれぞれ自由にてっちゃんにエネルギーを送ってください」
ランランさんはそういうと、鉄さんの横に座り込み、彼の体をサーチするように手をゆっくり動かし始めた。
そして時折手を止め、直接体に触れ、マッサージや指圧やストレッチなどをしながらエネルギーを流していた。
ランランさんのヒーリングは誰かに習ったものではない。レイキティーチャーでもあるのだが、やってることはレイキではない。
どうやら、その方に必要なことをするお手伝いをさせてください、と宇宙にお願いし、自然に感じるままにやっているそうだ。
「ここが痛いでしょ」
「ここの部分のエネルギーの流れが悪い」
などと言いながら、手を当てる。
「カイロのように熱いです。凄く気持ちいいですよ」
鉄さんは目を丸くしてランランさんの手をそう表現した。
我々も座り込んで鉄さんに両手を向けエネルギーを送るイメージングを行う。
そういったことをずっと続けていくうちに、鉄さんはどんどん元気になっていった。
それほど長い時間だとは感じていなかったが、あっという間に3時間以上経過し夕方になっていた。
最初は寝返りをうつのも大変そうだったのだが、しまいには普通の健康な人に戻ったように立ち上がり、テーブルのある部屋へ戻り、ソファーへ座り、元気に話し始めた。
「いやぁ、すっかり元気になっちゃいましたよ。この感じは久しぶりです。本当にありがとうございました」
その変わりようには私も驚嘆するしかなかった。
ヒーリングがそんなに即座に効果があるという認識がなかったのだ。
もちろん、いろんなヒーリングがあるので、ひとくくりには出来ないのだが。
鉄さんは本当に嬉しそうだった。そして、3月中旬から今までどんな状態だったのかという話をみんなにもした。もう咳き込むこともない。
元々ランランさんと鉄さんの出会いは第ゼロ回宇宙塾なので、自然とその話にもなる。
「~ただ、今度の宇宙塾は行きたいですけど、さすがにやめときます」
4月末に延期されていた第一回宇宙塾。鉄さんはとても楽しみにしていたのだが、ここからだと、電車乗り換えて1時間くらいかかる場所で開催される。移動だけで疲れそうだ。
「その方がいいですよ。無理はいけませんからね。元気になってから参加してください」
鉄さんは私にニッコリ微笑みながらうなずくと、また話し出した。
「でも、今度の土曜の『祈り』は観たいんですよ。近いですからね。予約はしてるんですけど、行けるかなぁ。体調次第ですね」
「祈り」とは、白鳥監督のドキュメンタリー映画のこと。宗教的なものではなく、筑波大の村上名誉教授がフィーチャーされてるものだ。海外での評判も高く、グランプリを取ったりもしている。土曜日には「みんなの広場」主催で自主上映会がある。昼は山梨のピラミッドセンター、夜は聖蹟桜ヶ丘の市民ホールでそれぞれ1回限りの上映となっていて、市民ホールなら車で鉄さんちから5分の距離だ。
「私も観に行くことにしてるんですよ。もし鉄さんが行けそうなら車で迎えに来ますよ」
鉄さんは驚きと嬉しさの入り交じった顔になった。「マジですか。それは非常にありがたいです。なんか悪いですけど」
「元々、車で行く予定ですし、遠回りでもないですから、全然構いませんよ」
「じゃぁ、当日大丈夫そうならお願いします」鉄さんは嬉しそうな顔で頭を下げた。
夕方になり、皆が帰り支度を始めると、鉄さんが思い出したように言った。
「そうだ。写真を撮りましょう。なっちゃん、お願い」
ソファに全員詰めて座ると奥さんがシャッターを押した。「はいチーズ」
「じゃぁ、てっちゃん、また来月来るからね」
ランランさんは鉄さんにハグし、彼は「ありがとうございます」と噛みしめるように答えた。
我々が玄関で靴を履いていると、鉄さんは普通に歩いてやってきて、なんと玄関の外まで出て、奥さんと一緒にみんなを見送った。
手を振りながら橋のたもとまで来ると、二人の姿が見えなくなった。私はすかさずランランさんに尋ねた。
「どうでしたか、鉄さんの状態は?」
「うん、今日の様子なら大丈夫だと思う。エーテル体もだいぶしっかりしていたし」
「良かったぁ」
私はそれが気がかりだったので、ふうっと安堵のため息をついた。
聖蹟桜ヶ丘の駅前でランランさんとサツキさんを降ろすと、デンバーさんを永山駅まで送る。
ただ、永山駅は京王線と小田急線の両方があり、どこで降ろすのがいいのかよくわからない。
それで、駅の看板を見ながらバスロータリーに進入し、ちょうど良さそうな場所で彼女を降ろした。
だが、そこを出ようと車を出した途端、目の前に警官が立ちふさがった。
「ここはバス専用ロータリーなんですよ。進入禁止の標識見ませんでした? そこの安全地帯に車を停めて交番まで来てもらえますか」
そんな標識全く目に入っていなかった。そもそも、そんなロータリーがある駅があることを今まで知らなかった。
まさか、こんな日に捕まるとは・・・・・・。まぁ、私の不注意がいけないのだが。
でも、初めてなんだから注意だけで見逃してくれたらいいのに。バスもタクシーも一台も停まっていなかったんだし、誰にも迷惑はかけていない。
そうはいっても、世の中は甘くない。残念な話だ。
肩を落とし、今後バスロータリーには気をつけようと思いながら、今度は港北のツタヤを目指す。
実は佐野元春の新作アルバムが出ていたのだが、昔のようにCDを買うことは最近やめていて、レンタルで済ますようにしていた。子だくさんなので、節約だ。
しかし、前作までは近所のツタヤに置いてあったのに、新作はネットで検索してもほとんどどこにも置いていなかった。
唯一見つけたのが横浜の港北ニュータウンのツタヤだったのだ。
佐野元春は10代の頃からの大ファンで、昔はチケット取るのも大変だったくらい人気があったが、今は往年のファンくらいしか聞かなくなったのだろう。
これまた残念な話だが、まだ借りれるだけマシなのかもしれない。
ただ、港北のお店に在庫があるのはわかっていたが、借りられていないとは限らない。だが、運良く誰も借りていなかった。ラッキー。今日は鉄さんも元気になったし、捕まったけど二勝一敗でいい日だ。
帰りの車中では、久し振りにアヴェマリアではなく佐野元春の新作を流した。鉄さんも元気になったし、今日くらいいいだろう。
家に帰る直前に、鉄さんから携帯にメールが来た。
「皆さん今日はお忙しい中、また、遠いところありがとうございましたm(_ _)m
信じられないくらい癒されました(^^)
本当に気持ち良かったです!
妻も皆さんに感謝しています。
我が家で良かったらまた来て下さい(^^)/
皆さんに会えただけで凄く嬉しかったです! 皆さん愛しています(^O^)/」
駐車場に着いてすぐに返信する。
「鉄さん、元気になってくれてありがとう。
らんらんさんから電話もらった時は、非常に厳しいと聞いていたので、本当に良かったです。
やはり、奇跡は起こりますね。
私はこれからは感謝の祈りに変えます。
今後もお試しがくるかもしれませんが、らんらんさんが言うように恐れを手放し、執着を手放し、天に任せていれば大丈夫でしょう。
人事を尽くして天命を待つ、でいきましょう。
今日はありがとうございました。奥様にもよろしくお伝え下さい」
車を出てマンションのドアまでたどりつくと、鉄さんからメールが返って来た。早い。
「やはり厳しい状態だったんですね^^;
始めはらんらんさんからの返事がなかなか来なかったので『もしかしたらもうダメなのかなぁ(-。-;』と思ってたんです。
今日は来て頂いて本当に良かったです。
妻も僕もホッとしています(^^)
それから素晴らしいお土産をありがとうございました!
本当に欲しかったんです
シベリア杉
暇なのでビカビカに磨きたいと思います(^^)
妻も楽しかったと言ってます!
それから毎日の祈りもありがとうございますm(_ _)m
どうか無理のない範囲でお願いします^^;
是非また来て下さいね(^^)/」
嬉しかった。彼に会うのはこの日で12回目だったが、二日後の4月20日にはまた会える。きっと一緒に映画を観に行ける。そう信じていた。