名曲に隠された奥行きを知ることができる番組
「SONG TO SOUL」は、
音楽以外の素晴らしいことや大事なことや驚くべきことも教えてくれます。
いくつかご紹介します。
ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したのには、
「風に吹かれて」の歌詞の影響も強いと思います。
「どれだけの砲弾を発射すれば、武器を永久に廃絶する気になるのか」
「為政者たちは、いつになったら人々に自由を与えるのか」
「一人一人にいくつの耳をつければ、他人の泣き声が聞こえるようになるのだろうか」
「人はどれだけの死人を見れば、これは死に過ぎだと気づくのか」
という問いかけに対し、
「答えは風に吹かれている」
と歌ったものです。
でもこれは、ピーター・ポール&マリーが先にシングルとして発売しヒットした曲でした。
(まだ当時ディランは無名だったのです)
彼らは既に「パフ」という大ヒット曲を持っていました。
これは幼い子供がパフというドラゴンのおもちゃで遊んでいたけど、大きくなって見向きもしなくなったという話をファンタジーな歌詞で歌っているんですが、
マジックドラゴンをマジックドラッグのことだとして、ヒッピーの聖歌になったり、
ベトナム戦争にいくためにドラゴンと遊べなくなったという解釈で、反戦歌として受け取られたりしています。
そんな彼らがディランの「風に吹かれて」を気にいりヒットさせたのですが、
このヒットには公民権運動が関わっています。
1963年に、20万人が参加したと言われるワシントン大行進という人種差別撤廃を求めるデモがあり、
キング牧師の「I Have a Dream」という人種平等社会の実現を望む演説が行われましたが、
そこでピーター・ポール&マリーも「風に吹かれて」を歌っているのです。
プロテクトソングとして民衆に支持されてヒットした面はあると思います。
その翌年に、マーサ・アンド・ザ・ヴァンデラスが出した
「ダンシング・イン・ザ・ストリート」
は大ヒットし、非常に多くのアーティストにカバーされ、ミック・ジャガー&デビッド・ボウイのカバーが有名だと思います。
でも、ただのパーティソングだったのに、デモで暴動を促す曲だとか誤解され放送禁止になったりしました。
この頃の歌は、マリファナや公民権運動、反戦運動に結びついたものが多いのです。
その頃のアメリカ南部は本当に黒人差別が激しく、マーサ・アンド・ザ・ヴァンデラスのメンバーを乗せたモータウンのバスでガソリンスタンドへ行き、その頃わりと売れてたミュージシャン3人が「トイレを貸して」とバスを降りたところ、スタンドの白人は警察へ電話し、銃を構え、「バスへ戻れ」と命令し、やってきた警官にこう言いました。
「こいつらがスタンドを占拠しようとしている」
そのため、彼女たちは、森の木陰で用を足していたそうです。
自由の国を気取ってるアメリカですが、ほんの50年前まではそんな状況だったんですから驚きです。
そんなプロテクトソングとは関係ないのが「マイウェイ」です。
原曲は1967年のクロード・フランソワのフランス語の歌「Comme d'habitude(いつものように)」です。
クロード・フランソワって知らなかったんですが、当時フランスでは大人気の歌手だったそうです。
でも、作曲者が最初にこの曲を持ってきた時は気にいらなかったそうです。
でも、その半年後、失恋したクロードはあらためてこの曲を聴いて気にいり、失恋の歌詞をつけ、曲を少し修正して発売し、フランスでヒットさせました。
その翌年、バカンスにフランスにやってきたポール・アンカが、ラジオでこの曲を聴き、この権利を取得したのです。
ポール・アンカは10代で作詞作曲して歌った「ダイアナ」を大ヒットさせた人気歌手でしたが、その頃は低迷していました。
(ちなみに、マイケル・ジャクソン没後に出たアルバム『エスケイプ』からの先行シングル「「ラヴ・ネヴァー・フェルト・ソー・グッド」はマイケルとポール・アンカの共作でしたが、ちょうど「スリラー」が大ヒットした時だったのでお蔵入りしてた曲です)
でも、尊敬するフランク・シナトラがショービジネスから引退すると言いだしていたので、彼の人生を彷彿とさせる歌詞を書いて「Comme d'habitude」につけ、「マイ・ウェイ」としてシナトラに提供したのです。
シナトラはこれをワンテイクで録音し、68年に発売し、彼の代表作になりました。
ビートルズの「イエスタデー」についで多くのミュージシャンにカバーされた楽曲となっています。
セックス・ピストルズのシド・ビシャスも歌ってます。
ただ、イギリス英語なので、「マイ・ウェイ」ではなく「マイ・ワイ」と発音してますが、後半からはスピード感のあるパンクロックになっていてカッコイイです。ただ、ビデオの最後はやりすぎですけどね。
クロード・フランソワは、いくらフランスで人気歌手になっても認めてくれなかった父親に、シナトラが自分の曲を歌っていることを知らせ、親子は和解したそうです。
ただ、シナトラは、自分の人生を自慢してるように感じるため、実はそれほど「マイ・ウェイ」を気にいっていなかったという話もあります。
確かにそういう風に取れる部分もありますが、やはり、世界的に売れた曲には素晴らしい歌詞があるのです。
特に、自分の心を偽ることなく、自分の信じる道を自分のやり方で歩いてきた、という部分がいいです。
ビリージョエルの「マイ・ライフ」も似たような路線ですが、過去形の「マイ・ウェイ」と違い、現在形の歌詞です。
何を言われても気にしない。これは俺の人生だ。お前は自分の人生のことだけ考えて、俺のことはほっといてくれ。
たとえ非難されても嫌われても、他人の意見や世間体を気にせず、
自分の心に正直に生きるのが一番大事なことだと思います。
そうできてる人もいますが、私は若い頃は全然そうじゃなかったです。
妹は作文が嫌いだったので、小学生の頃、立たされて怒られても作文提出しなかったと、大人になって聞いて驚きましたが、同じく嫌いだったのに、なんとか1枚だけ書いて出してました。(本当は3枚でしたが、抵抗もそこまで)
中学の時は嫌だというのに、クラスの推薦だからと担任が許さず、生徒会長に立候補させられ、仕方なくウケ狙いの原稿書いてたら、演説会当日にクラスで事前に発表させられ、クラスではウケたんですが、「ふざけてるから書き直せ」と担任に言われ、クソ面白くもない原稿に急遽変えられ、中途半端な文章だったので、全校生徒の前で読んでる最中に詰まって大恥かきました。
親や先生に言われたことは守らないといけない、嫌なことでも、と思っていたからですが、本当に嫌ならやらなきゃ良かったのです。
結局嫌なことやって損するのは自分です。
ただ、世の中には好きじゃなくてもやらなきゃいけないことはあります。自分がそれは必要だと思うことはやった方がいいでしょう。
でも、作文出さなくても、立候補しなくても、ふざけた原稿読んでも、たいした問題ではありません。
どうしても嫌なことは断る勇気を持ち、思い切って自分のやりたいようにやりましょう。
それで怒られても失敗しても後悔することはないですし、ストレスも減ります。
名曲は、人の心を癒すことも、人に勇気を与えることも、問題について考える機会を与えることもありますが、そういった教訓が含まれている場合もありますし、時には親子を和解させることもあります。
メロディ聴くだけで幸せな気分になったり、リズムに乗って気分がハイになることもあります。
だから私はこれからも毎日音楽を聴き続けるでしょうし、聴けない時は自分で歌うでしょう。
音楽があって良かったです。
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SONG TO SOUL
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