5月1日。
ヨナさんからの返事は朝になっても来てなかった。午前中の電話はやめることにする。
この日も夜遅くまで仕事で会社にいたが、メッセージの返信はなかった。
家に帰って再度ミクシィを見たが、ヨナさんはメッセージを見ていないのか、やはり返事はない。
夜遅くに電話するのは気がひけたので、次の日の朝電話することにした。
5月2日。
朝8時にヨナさんに電話をかける。
「もしもし、ケンタですが、今よろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ。メッセージにも書きましたが、私が鉄さんにヒーリングしたくない、ということではないんです。
ただ、私であっても私の師匠であっても、料金は同じなので、ガン治療の経験豊富な人の方がいいと思ったのです。
ジャンさんはヒーラーとしてサロンを開いていますし、病院の依頼を受けてガン患者のヒーリングを行ったりもしてます。最初の無料カウンセリングで、患者さんの状態も治療計画もその時わかるような方なんです」
「そうなんですか」
「私も鉄さんを1度ヒーリングさせていただきましたが、本人の了承を得てない段階だったので、深く入ることはしませんでした。でも、その時のエネルギー状態では邪気を抜くには弱りすぎてました。だから、どっちにしても浄化のヒーリングはできなかったのです」
「そんな状況だったんですね」
「だから、鉄さんは1、2度のヒーリングで良くなる状態じゃないんで、やるなら本格的に取り組まないと厳しいのです。でも、私はちょっとこれから夏に向けていろいろと予定があるので、時間的にもなかなか難しいです。私は専門のヒーラーとして仕事しているわけじゃないので、引き受けても中途半端にしかできないと思うのです」
鉄さんは、やはり簡単にはいかない状態のようだ。ヨナさんがジャンさんを勧めるわけもわかった。
「それに、今実際にメインで動いていらっしゃるヒーラーさんがいるようですし、鉄さんがどうしたいかという話だと思います。
私自身も鉄さんと面識ないですし、ジャンさんと変わりないと思います。
だから、できればケンタさんが1度ジャンさんのヒーリングを受けてその感想を鉄さんに伝えるのが一番だと思うのです。いかがですか?」
「そうですね。わかりました。私も全く知らない方を紹介しづらいですし、1度受けてからがいいですね」
「ヒーリング能力も素晴らしいので、ケンタさんの不調箇所があればそれもよくなると思いますよ」
「一石二鳥ですね」
「あと、鉄さんですけど、今のままだと、今月中旬が危ないように思います」
私は思わず声が大きくなった。「今月中旬ですか?」
心拍数が上がり、いても立ってもいられない気持ちになる。
「あくまでも私の見立てですが、そう感じます。でも、絶対ではないですよ」
「わかりました。それは鉄さんには言わないでおきますが、早めにいろいろと手を打った方がいいですね」
電話はそういった内容だった。
危ないってどういうことか具体的なことは聞いていない。動揺して質問すらしなかった。
私はこの日まで仕事で、明日は休みだ。ジャンさんに連絡取れれば明日もしかしたらカウンセリング受けられるかもしれない。
何度かHPを読み直し、メールを送ろうか、電話しようか迷ったが、なかなか踏ん切りがつかなかった。
私はエネルギーを感じる能力があまりないので、私の体験は参考になるとは思えなかった。
実際、今までいろんな人のヒーリングを受けたが、他の人が凄かったと言ってるのに、私はよくわからないことがほとんどだった。これといってハッキリした体験がないのだ。
それに、明日は子供の誕生会の予定だし、明後日はいよいよピラミッドセンターだ。
時間的にも厳しい。
結局ジャンさんには連絡しなかった。
ピラセンから帰ったらまた考えよう。
ランランさんにもそのあと連絡して早めにヒーリング会を開催してもらわなければ。中旬よりも前にできればいいのだが・・・・・・。
5月3日。
鉄さんにメッセージを送る。
「明日ですが、二時ごろにお伺いしようと思っています。
体調の方はいかがですか?
妖精さんからのCDコピーしましたので、二枚持っていきますね。
藤原さんのCDをコピーして送らなきゃいけないので、明日クルリントーン返してください。
もしよろしければ、あらためてコピーしますよ。どうせ作るので手間ではないですから。
なにかあったら、直前でも電話かメールしてくださいね。
それから、フユさんは体調不良で来れなくなりました。彼もいろいろ大変みたいです。逆にリボンさんが来られそうです。
ではまた」
クルリントーンとは、コンタクトマン藤原さんが宇宙人のテクノロジーにより突然コンクール優勝レベルのピアノの腕前になり、演奏されたショパンとドビッシーの曲が収録されたCDだ。
私はあるワークショップでこれを音楽ヒーリングの時間に聴き、購入していた。
癒しの波動だという話だったので、鉄さんに貸していたのだ。
ちなみに、市販のCDを全て買いそろえてチェックした教授によると、誰か有名なピアニストのコピーではないとのこと。
また、ピアニストの友人に聴かせたら、「こんな枯れた演奏は素人にはできない」と信じられない様子だった。
私は藤原さんに直接会って話を聞いたのだが、普段はピアノも弾けないし、楽譜も読めないらしい。でも、宇宙人のエネルギーが入ってくると、超能力が使えるようになったり、ピアノも弾けるようになったりするというのだ。
今度は映像として録画してDVDにしたり、演奏会を開いて、多くの人に見てもらいたいと言っていた。音源だけではやはり信用しない人がいるからだ。
そのCDを妖精さんは聴きたいと言っていたのだが、一般に市販されてないので、私がコピーしますと伝えていた。
すると、妖精さんはお礼にと、ソルフェジオ音階を使ったピアノ曲のCDを送ってくれたのだ。
ソルフェジオ音階とはC音(ドの音)が528Hzで始まるもので、中世のグレゴリオ聖歌にも使われていたらしく、DNAを修復し、癒しの波動を持つと言われている。
だが、1939年ロンドンにおける国際会議で、A音を440Hzとする国際標準値を決めたらしい。
一般人の覚醒を防ぐために、支配者層が、正反対の作用の音階を採用したとの噂だ。
ちなみに、ジョンレノンのイマジンはこのソルフェジオ音階を使っているらしい。
歌詞が素晴らしいと言われているが、音階も素晴らしいものだったとはこれまで知らなかった。もちろんいい曲ではあるのだが。
「ケンタさん、極楽様です。
明日はよろしくお願いします。
昨日今日と体調は良いので問題ないかと思います!
CDは既にiPodにいれてありますのでお返しできる状態です!
久しぶりに聴いたwe are the worldは最高でした(^^)
やはりマイケルは天才ですね!
では明日楽しみにしています(^^)/」
体調がいいと聞いて安心した。
CDは、クルリントーン以外に、癒しの波動の高い曲や、ハートやハイハートに響くと言われる曲を入れたものも貸していたのだ。
そこにはバーバラ・ボニーの「シューベルトのアヴェマリア」や平原綾香の「ジュピター」などと一緒に「we are the world」も入っていた。
5月4日。
妻と長女と次男を乗せて鉄さんちに向かう。次男は別として妻と長女も参加してくれるのが嬉しかった。
予定の2時より早めに着きそうだったので、電話すると、準備は整っているとのこと。
今回も車はマンションに横付けして、鉄さんの部屋に上がる。
インターフォンを鳴らすとすぐにドアが開いた。
まず奥さんが出てきた。「今日はありがとうございます」そして頭を下げる。「よろしくお願いします」
「行けることになって良かったですね」
私がそういうと、鉄さんが彼女の後ろから現れた。
「ケンタさん、お世話になります。楽しみにしていましたよ」
「鉄さん、元気そうじゃないですか。今日はいい天気ですし、良かったですね」
それでも下までの階段は、安全のため肩を貸して一緒に降りた。
鉄さんを助手席に、奥さんをその後ろに案内し、運転席に戻る。
三列目に妻と長女が座っていたので、奥さんはそちらにも「ありがとうございます」と挨拶していた。
国立府中インターから中央道に乗り、上野原インターで降り、甲州街道に合流する。
途中の八王子インターで少し混雑したが、ここまでは比較的順調に車は進んでいる。昨日は大渋滞だとニュースでやっていた。今日に変更してもらって大正解だ。
車内では妖精さんにいただいたCDをかけていた。
「これが例のCDですか。曲自体は普通のピアノ曲って感じですが、優しい感じでいいですね」
「鉄さんが持ってる音叉と同じ音階らしいですから、きっと聴いてるだけで癒し効果があると思いますよ。もう一枚はこれ終わったらかけます。帰りに渡しますから持ってってくださいね」
「ありがとうございます。あっ、借りてたCD忘れないうちに」
鉄さんが二枚のCDをリュックから取りだす。信号待ちの間に私はそれをバッグに入れた。
「ケンタさんには何から何までお世話になって」
「なに言ってるんですか。お互い様ですよ」
「でも、ノブ夫妻にもいろいろ言われたんでしょ?」
「あぁ、ちょっと夜中に電話くれっていうんでビックリしましたけど──」
「僕は彼らには凄くお世話になっているんで、感謝してるんですけど、正直神様の会とかの話には困りました。
1度お茶会に誘われた時に、主催の桜田さんにそこの本を貸してもらったんです。絶対面白いからって。
で、少し読んでみたんですけど、よさがわからなくて、途中でやめました。
でも、先月お見舞いに来るっていうんで、仕方なく全部読みましたけど、全然面白くないんですよ。読むのが苦痛なくらいでした。
数日後に、三人でお見舞いに来たんですけど、こっちはソファーでうんうんうなって苦しんでるのに、説教ばかりで、神様の会は勧められるし、参りました」
「そうだったんですか」
「ノブさんも会員なんですか? と聞くと、正会員ではないけど、準会員みたいなものにはなっている。今後会員になるかもしれないって言うんですよ。
宗教じゃないっていうけど、それは『幸せの学習』とかと何が違うんですか? 僕には同じようにしか感じられないんですけどって言いました」
以前鉄さんとお互いの宗教体験を話したことがある。どちらも親の影響でそれぞれ別の宗教団体に入っていたが、今では形だけになっている。
私はその後しばらく『幸せの学習』に所属したが、そこも最初は宗教ではなかった。入会したあと宗教団体になったのだ。鉄さんも若い頃、そこの本は数冊読んだらしい。今はお互い宗教に入るつもりはない。もう教祖に依存する時代ではないし、誰もが源に繋がれる。そんな時代なのだ。例え宗教じゃなくても「私が一番」とか「この教えが一番」とかってのは教祖や宗教と同じだ。師に学ぶのはいいが、盲目的に信じるのは危ない。私はもうこりごりだ。
今日は咳も出てなくて調子いいようで、鉄さんは話を続けた。
「だから、入会するつもりはないんですけど、神名を唱えるといいと言われたので、それだけは毎日唱えてるんです」
「う~ん」私は首をひねった。「たぶん、鉄さんが100%信じているなら、それなりに効果があると思いますが、そうじゃないならあんまり意味ないような気がします。どんな治療でも同じじゃないかな」
「そうですよね。でも、全然信じていないわけでもないんですよ。いろいろ話を聞いたんで・・・・・・」
たぶん、効果のありそうなものなら藁にもすがりたい心境なんだと思う。それはわかる。
いつの間にか車はピラミッドセンターへ降りる道路の入り口付近まで来ていた。
甲州街道の南側は斜面になっていてずっと先には川が流れている。その途中にピラミッドセンターはある。
そこへの道はかなり細く、甲州街道から直接左折はできない。ヘアピンカーブの下り坂なのだ。1度通り過ぎ、すぐ先の梁川駅あたりでUターンして右折で入る。
畑や民家がポツポツある中、何十メートルか下ると、銀色に輝くピラミッドが目に飛び込んできた。
ピラミッドセンターはエジプトの大ピラミッドのスケールを正確に1/15に縮小した建物で、外壁はシルバー。三角の壁には2,3カ所四角い天窓が付いている。
入り口は北と南にあるが、北側は非常用といった感じ。
南側の壁の下は大きなガラス張りの窓になっていて、外の東側にはテラス。西側には玄関と炊事場がある。そこからスロープが南に延びていて、通常はそちらから出入りする。
車は北側にも停められるが、西側のわき道を通って、入り口により近い南側に駐車する。鉄さんにとって歩く距離が短いに越したことはない。
予定より1時間ほど早い到着。もしも渋滞していた時のために早めに出たのだが、ほとんど渋滞がなかったので、まだ三時過ぎだった。
確か会場ではスピリチュアルTVのテディさんの講演中なので、まだ入るわけにはいかない。
とりあえず、車の中にいると、鉄さんは急に具合が悪くなったようだった。
「すみません、窓を開けていいですか」
「あっ、えぇ、いいですよ」
さっきまで元気そうだっただけに、急激な彼の変化に私はとまどいを隠せなかった。
窓から車が見えたのか、聖子さんの旦那さんのカツさんが出入り口から姿を見せた。
私は車を降りて挨拶する。
「こんにちは」
カツさんは笑顔で近づいてきた。「いらっしゃい」
「早く着きすぎちゃいました」それから車にチラッと目をやり言った。「鉄さん元気だったんですが、着いた途端、少し具合悪くなったみたいです」
「そうですか」カツさんの顔が曇った。「どうしようかな。ちょっと聖子を呼んできます」
カツさんはまたピラミッドセンターの中へ戻る。
しばらくすると聖子さんと二人一緒にやってきた。
「鉄さん、ちょっと外に出て大自然の中にいる方がいいかも」
聖子さんが窓ごしに笑顔で鉄さんに話しかけた。
「そうします」
鉄さんが同意したので、全員外に出ることにする。私は彼が降りるのを手伝った。
「そこがいいんじゃない?」聖子さんが指差した先に桜の木があり、下にベンチが置いてあった。鉄さんを支えながらゆっくり歩いてそこへ座らせる。
「もう少し待っててくださいね。そうだ。ここで風に当たって落ち着いたら地下のピラミッドの中心の部屋で横になったらいいかも。そこに毛布やストーブを用意しときますから」
車の中よりも自然の中にいれば元気になるだろう。そう思っていたが、木の下にしばらくいても鉄さんは苦しそうだった。移動が堪えたのだろう。やはり無謀だったのか。私は早くも後悔した。
でも、来た以上は仕方ない。これからできることをするのみだ。
地下には北側の入り口から入り、階段を下るか、室内から階段を下るのが一般的だが、南側のテラスの横、玄関とは反対側にゆるやかな下り坂があり、そこからも入れる。普段は使わない入り口だから農機具とかが置いてある。でも最短距離なので、許可を得てそこから下っていくことになった。
鉄さんに肩を貸し、ゆっくりと地下へ案内する。
一階の室内は木で覆われているが、地下はコンクリート作りだ。なのでひんやりしている。それでストーブが必要だったのだ。建物の基礎も兼ねていると思われる。
地下には中心の小部屋を丸く囲むように通路があり、その外側にいくつか小部屋がある。廊下は電気を点けても少し薄暗い。ただ壁は全て白いので暗すぎることはない。
中心にある部屋への入り口は北側にあるが、東側の先は行き止まりだ。ぐるっと右回りに廊下を歩いていく。
ようやくたどり着くと、既にマットが敷かれていて、毛布が置かれていた。
電気ストーブが点いているので、少し暖かい。
鉄さんを寝かせると、私と奥さんだけが残った。
次男は4歳でじっとしてはいられない。邪魔になるので、妻と長女と一緒にいったん外に出てもらう。次男は妻にべったりだから、そうするしかない。でも、しばらくすると、次男はピンキーさんの娘さんと一緒にやってきた。どうやら二人は意気投合したらしく、あちこちを探検しているようだった。妻よりも年の近いお友達と遊ぶ方がいいらしい。
ただ、さすがに邪魔をせず、ちょこっと覗いてはまた出て行った。
それにしても、元気になってもらうためのヒーリング会に来て具合が悪くなるなど本末転倒だ。
それどころか、このままではその会にすら出られない。それだと何しにきたのかわからない。来ない方が良かったということになる。でも、鉄さん夫婦は来たかったのだ。来て良かったと思って帰ってもらいたい。
マットに横になった鉄さんに毛布をかけ、奥さんにはヒーリング会でやったように鉄さんの痛がる場所に手を置いてもらう。
私は今までに習ったヒーリングを思い出し、数回深呼吸すると心の中で必死に祈り始めた。
頭の中では彼が回復して笑顔になっているところをイメージし、宇宙のエネルギーが上から降りてきて、真下からは地球のエネルギーが上がってきて、鉄さんを包むイメージをしながら彼にエネルギーを流す導管になるよう努めた。